落ち込んでいた。ひどく落ち込んでいた。
ぼくは仕事にひどく行き詰まっていた。
しかし、ある文書がどうしても書けないのだ。
上司に何度提出しても書き直せと言われてしまうのだ。
そしてなにもかもいやになり、東京を逃げ出そうと考えた。
そしてある日の早朝、荷物をまとめて始発列車に乗り込んだ。
ぼくは小田急で小田原に行き、小田原から新幹線に乗ろうと考えた。
小田原に向かう通勤客を見ながら、これからどうなるのだろうかと不安に思っていた。
これからどうなるのか、全く予定もないまま小田原に向かっていた。
このようにして、精神異常な旅のはじまりとなったわけである。
小田急の電車は、無事小田原に到着した。
ここから新幹線に乗ることにしている。確か小田原の新幹線の改札は山側だったよなあと考えながら、ぼくは中間改札をぬけて山側に曲がり、小田急のきっぷを通して自動改札を出た。
そして右に曲がるとみどりの窓口だ。さてどこまできっぷを買おうか。
なんとなくぼくは福井に行って、越前岬でも見てみようかと思い、福井に行くことにした。
となれば新幹線は名古屋か米原まで乗って特急に乗り換えだ。新幹線の特急券と一緒に買えば福井までの特急料金は乗り継ぎ割引になる。
ぼくは窓口で、福井までの乗車券と名古屋までの自由席特急券、名古屋から福井までの自由席特急券を買った。
そして改札を通り、ホームに出た。
小田原駅の新幹線ホームはひかりやのぞみがこだまを追い抜けるように、下りホームと上りホームの間に追い越し線が2本ある構造になっている。
ホームの時刻表を見ると、次に来る下りはこだまで、その後にひかりがやってくる。
名古屋にはひかりの方が先に着くらしい。でもおそらくひかりに乗るとすわれないだろう。
まあいいか。すわれなくてもひかりに乗ろう。
時間があるので駅弁を食べることにした。逃げ出す前に牛丼を食べてはいたが、まあ駅弁くらい食べてもいいだろうと思い、ぼくは押し寿司の駅弁を買い、いすにすわって食べた。
向かいのホームに通勤客らしい客がいる。知り合いがいたらまずいなあと思った。
知り合いに会う確率を考えてぼくは東京や羽田でなく、小田原を逃走の始まりの駅に選んだのである。
そのうちこだまがやってきた。見送る。そしてひかりがやってきた。自由席車両に乗る。どうやらいっぱいのようだ。しょうがない、デッキに立っていようと思った。知り合いが車内にいるかもしれないと考えたということもある。
ひかりは発車した。ここから名古屋まではノンストップだ。デッキで過ごす。
デッキで景色を見ながら考えた。今ごろ上司や同僚たちはどうしているだろうか。
もうこんなことしちゃったから職場には帰れないのかなあ、もう帰る場所はないのかなあと考えた。
そんな気分になりながら時間を過ごすと景色が都会になり、名古屋に到着した。
どうやらなんとか知り合いには会わずに済みそうだ。ぼくはひかりを降りた。
さて、福井に行くには特急しらさぎに乗れば良い。次のしらさぎはどのくらい待てばいいだろうか。もしだいぶ待つようなら名古屋でしばらく過ごそうか、などと考えながら在来線連絡改札へと向かった。
名古屋でひかりを降り、連絡改札をぬけて特急しらさぎの出るホームにやってきた。
30分くらいするとしらさぎが出るらしい。しらさぎは約2時間おきに出る特急なので、けっこう接続がいいようだ。ぼくは名古屋で観光でもしようかという考えを捨て、すぐにしらさぎに乗り継ぐことにした。まずは自由席の停まるホームの位置で入線を待った。
ほどなく昔風の特急車両がやってきた。しらさぎだ。しらさぎに乗るのはワイド周遊券お別れ旅行の時に乗ったから、2年半ぶりということになる。
停車するとドアが開いた。さあ、乗ろう。
乗って空いている席にすわった。さすがに平日の昼間なのでお客は少ない。
そして発車だ。
しらさぎなどの、名古屋→米原へむけて走る特急のみどころとして、大垣→関ヶ原の間の路線がある。
ここの路線は普通列車が走らない線路を通るのだ。そこがけっこう森に囲まれた雰囲気のいい場所を通るので、ぜひともながめてみたいものなのだ。ぼくは以前にここを長野から大阪まで走る特急しなので通ったことがある。
今回も起きて見ていようと思ったが、残念ながら朝まで眠っていなかったこともあり、その疲れを引きずってぐっすり眠ってしまった。
気がつくと逆向きに走っている。
しらさぎは米原で向きが変わるのである。
車内アナウンスが聞こえる。「つぎは〜さばえ〜さばえ〜。」
あれ?鯖江って福井より手前だったっけ?福井通り過ぎちゃったのかな?
景色は田園風景である。
行き過ぎちゃってたらその時考えればいいかと思い、またまどろむと鯖江に着いたようだ。
そしてまた発車。「つぎは〜ふくい〜ふくい〜。」
どうやら手前だったようだ。
しばらく待つと景色が都会の景色になってきた。席を立ち、降りる準備をする。
そしてスピードが落ちる。停車。ドアが開いた。降りた。
改めて、逃げてきたんだなあと思った。もうお昼だから食事をしよう。
時間がある時は駅からちょっとでも離れたところで食事したいものである。
ぼくは駅を出て、駅のそばの喫茶店みたいなところでランチセットを頼んだ。
ランチセットなんて頼むと、改めて今日は平日なんだなということを感じる。ふだんぼくは休日にしか旅行しないからランチセットとは縁がほとんどないのである。
食べきると外に出る。雨が降っているのでかさをさす。当初の予定通り越前岬にでも行こうと思い、バス停に行くことにした。
越前岬行きのバス停にやっと着いたが、残念ながら越前岬行きは朝9時ごろ1本だけあるだけであった。
(注:このときはそう思いましたが、あとで来てみたら別のバス停から越前岬の近くに行くバスが出ていたようです。)
う〜ん、どうしようか、1泊しようか、1泊するんだから、越前岬をまわる定期観光バスでもあったらそっちに乗ってみようかと思い、駅に戻った。
定期観光バスの窓口で見てみると、確かに朝早い時刻に出る越前岬をまわる定期観光バスがあった。これにでも乗ろうかなあと思い、宿を探そうと思った。
宿を探すならローソンの「お気楽トンボ」という情報端末ロッピーを使うやつで予約しようかと思った。福井には駅前にローソンがあることがわかっている。ローソンに入り、あれこれ試してみた。
だめだ。どうやら今日の福井の宿は満室らしい。
金沢なら大丈夫だし、福井でもあした以降の宿は取れそうである。
どうするか考えたが、ふと見ると福井駅周辺の散歩コースが出ているのを見つけた。
今日の宿をどうするかはあとまわしにして、散歩でもしようと考え、とりあえず西の方向に向けて歩き始めた。
雨の降る中、ぼくはかさをさして福井駅から西に歩きだした。
散歩コースを頭の中に入れてぼくは歩いた。じきに川が見えてきた。
川の向こう側はちょっとした山になっているようである。しばらく歩くと橋に出たので渡ってみた。
川岸には木がたくさんあった。桜かもしれないなあと思いながら進む。じきに川岸を歩くのも飽きたのでちょっと川から離れることにした。
普通の人家が続く道に出た。平日の昼間なのであまり人影もない。本当に逃げてきたんだなあと感じる。
いまごろ上司、同僚たちは何をしているかとても気になった。
そのうち道が上り坂になった。確か散歩コースってこっちに続いていたような気がするなあと思い、登ってみることにした。
ずんずん登る。たまに自動車が追い越したりすれちがったりする。何か先に目的物があることを信じて登った。
着いた。そこにあるのは博物館だった。他に何もすることもないのでお金を払って入ることにした。
しかし、すいていた。
ぼくの他にはまるで客がいなかった。
平日昼間だからあたりまえと言えばあたりまえである。なにしろぼくはめったに平日に旅行なんかしたことはないのである。だからこうやって平日昼間に旅先にいるととてもうしろめたさを感じるのである。
とりあえず中を見てみた。福井周辺の平野の作られ方とかが書いてあった。なかなか地学の授業に役に立ちそうなことがいろいろ展示されていた。この博物館がある山も、もともとは高い山で、福井の平野が堆積する過程で低い山として平野のまんなかに残ったらしい。
ひととおり見終わったので福井駅に帰ろうと思った。なんとなく歩いて帰るのもなんなので、たぶん来た方向と逆方向に山をおりるとバスでも走っているのではないかと思い、博物館を出て山をおりてみた。
てくてく歩いてなんとか山をおり、多少車通りの多い道に出た。
あったあった。バス停だ。たぶん向かい合わせのバス停のどちらかが福井駅行きだろうと思った。
確かに福井駅行きだ。しかもちょっと待てばバスも来るようなので待つことにした。
バスはやってきた。もちろん平日昼間なのでお客は10人もいない。
バスは進み、お客を乗せたりおろしたりして進み、博物館のある山を迂回して川を渡り、市街地に戻ってきた。そして駅前に停車した。そこは2年前に福井鉄道に乗った時に来たことのある福井鉄道の福井駅前の停留所の前であった。2年前と同じ道をたどってJRの駅前へと向かった。
ぼくはこれからどうするか考えることにした。
バスに乗って福井駅に戻ってきた。今日の宿をどうするか考えたが、どうせなら寝台車にでも乗ってみようかと考えた。
そうだ、北海道に行こうと考えた。
実はぼくはほとんどのJR線に乗っており、他に乗っていない路線は北海道だけだったのである。
もう仕事をやめなければならない、ひょっとしたらもう生きていけないかもしれないので、その前にJR線に全部乗っておきたいと思ったのである。越前岬はもし生きていたらまたあとで来ようと考えた。
ここ福井からは、函館まで日本海1号が走っているではないかと考えた。満席ならばしかたがないが、もし寝台があれば乗ってみようと思い、福井駅のみどりの窓口に向かった。
きょうの福井から函館までの日本海1号のB寝台をたのんだらあいていたのできっぷを出してもらった。
乗車券と特急券・寝台券が一体化したきっぷであった。指定区間と乗車券の区間が同じだとこういうきっぷになるらしい。
とりあえずきっぷは確保した。発車は午後8時過ぎでまだまだ時間があるので、また散歩することにした。また駅前の案内を見ると、北西の方に福井の城跡があるらしいので行ってみようと考えた。
雨の中、てくてく歩いて行ってみると、県庁か市役所らしい建物があり、お堀があった。
お堀にかかる橋を渡って進んでみると、なにやらこんもりと土が上がっている場所があり、階段もあって昇れるようであった。
昇ってみると何もない。
でこぼこした約10メートル四方の小さな空間があるだけであった。
大昔はここがお城の一部だったのであろうと思った。まあこんなもんだろうと思い、駅に戻ることにした。
夕食をコンビニで買おうと考えた。ローソンじゃなくてファミリーマートで買おうと思い、南に歩いて福井鉄道の福井駅前駅の近くのファミリーマートまで行き、弁当、お菓子、飲み物、そして目についた野球の本を買った。江夏とか金田とかのコメントが載っている本で、おもしろそうだったからだ。
まだ日本海1号の発車時刻までは時間があるので、待合室でもないかなあと福井駅に入り、待合室を探すことにした。